平安神宮 東京ディズニーランドのシンデレラ城と同じ!?

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平安神宮が平安時代から京都にある神社だと思われている人がいます。

名前が名前だけに無理もないのです。

平安神宮が平安遷都1100年を記念して作られたと思われている人もいます。

実はTDLのシンデレラ城や大阪にある万博のシンボル「太陽の塔」と同じような鉄筋コンクリートのパビリオンとして作られて、後から神社にしたのでした。

詳しい話は最後に説明します。

平安神宮の御朱印

平安神宮の御朱印は、「平安神宮」のものと「五社めぐり」のものの2種類があります。

平安神宮の御朱印所

画像クリックで拡大表示します

「五社めぐり」のものは、本当に朱印だけといいますか平安神宮のハンコが押されるものです。

参考:京都五社めぐり

京の四方と中央を守護する五つの神社を巡拝して、御朱印を集める京都五社めぐりです。

色紙:初穂料 1000円
御朱印のみ:初穂料300円

平安神宮のガイド

平安神宮は主祭神として、桓武天皇と孝明天皇をお祀りしている官幣大社・勅祭社・別表神社です。

創建は1895年(明治28年)3月15日で、京都市内にあってはまだ新しい神社です。

最初に目に入るのが巨大な大鳥居です。

これは高さ24m、幅18mもありますので、平安神宮境内から300m離れて立っていますが丁度良い見栄えです。

実はこの大鳥居、1928年(昭和3年)建造で後から追加されたものです。

平安神宮の境内は、応天門(神門)から入ります。


広い中庭のようになっていますが正面に本殿となる大極殿(外拝殿)があります。


左右には蒼龍楼と白虎楼があります。

これらの建物は、平安京の正庁であった朝堂院の8分の5のサイズで再現したものです。

1940年(昭和15年)に孝明天皇をお祀りするにあたり、本殿や内拝殿など増築して本格的な神社となり現在に至っています。

平安神宮のもう一つの大きな特徴は、広大な神苑を持っていることです。

有名な池泉回遊式庭園なので、カレンダーで写真を見たことがある人も多いかもしれません。

京都検定でお馴染みの造園家7代目小川治兵衛が中心となって造園したものです。

平安神宮参拝は無料ですが、神苑に入るにはお金が要ります。

また園内が広い(総面積33,000㎡/約10,000坪)ので、時間の余裕はしっかりと見ておきましょう。

公式サイトと関連サイト

公式サイト

[公式]Heian Jingu Shrine 平安神宮

関連サイト

平安神宮 – 京都観光オフィシャルサイト 京都観光Navi 京都市のサイト

平安神宮 – Wikipedia

平安神宮神苑 – Wikipedia

平安神宮の驚きの真実

平安神宮は、実は内国勧業博覧会というイベントのシンボルとして作られた鉄筋コンクリートの建築物です。

平安京遷都当時の大内裏を復元するという野心的な取り組みでした。

博覧会終了後に壊すのももったいないのでそのまま残し、そして神社となり現在に至ります。

つまり現在の平安神宮の建築物はTDLのシンデレラ城や万博の太陽の塔と同じような位置付けだったのです。

ところで、どうしてそんな巨額の公共事業がおこなわれたのでしょうか?

天皇陛下が東京に行かれたことで京都の街がさびれてしまい、その対策の一つに平安遷都1100年の記念行事が計画されたのです。

実際、天皇の東京行きは仮の行幸と京都市には説明されおり、明治政府としても京都に対しては多少心苦しいところがあったようです。

結論:平安神宮は平安遷都1100年を記念して建てられたのではなく、平安遷都1100年記念内国勧業博覧会のパビリオンを後利用したものです。

もう一つ蛇足します。

当初、これらの建物を本当に平安京遷都当時の大内裏があった場所に作ろうと計画したようです。

今でいうと千本通りと丸太町通りのところです。


ところが残念なことに用地買収が難航し、内国勧業博覧会開催準備から逆算して時間切れになってしまいました。

そして現在の平安神宮がある岡崎の地で建設されたのです。

実物の大内裏の主要建築物の8分の5という中途半端なサイズは岡崎で買収できた土地の広さからきている制約のようです。

平安京は、羅生門から大内裏の入り口にあたる朱雀門まで、道幅85mの朱雀大通りが延びていたそうです。


そこまで復元できるとは思いませんが、せめて平安時代の大内裏の復元を当時の場所で見て見たかったです。

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