知恩院 2018年の期間限定御朱印と七不思議「忘れ傘」

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2017年に引き続き知恩院の2018年情報です。

2017年版はこちら:知恩院 観光ではなく修行の場で縁結びの御朱印

現在知恩院は御影堂大修理(2019年に竣工予定)中です。

今回の話は「濡髪大明神」の御朱印なのですが、この御影堂にも関係しています。

そのお話は後程。

知恩院の御朱印

知恩院の御朱印は、三門から男坂・女坂を登り切ったところで休憩所の反対側にある「朱印所」でいただけます。

知恩院の御朱印には「浄土宗宗祖 法然上人」、「御詠歌」、「勢至堂 勢至菩薩」の3種類があります。

そして期間限定の御朱印があり、2018年は2017年に引き続き「濡髪大明神」になります。

【期間限定】縁結びの神様 濡髪大明神

画像クリックで拡大表示(1121 × 447)します

2018年11月25日の「濡髪大明神大祭」までの期間限定の御朱印となります。

昨年2017年では「知恩院を火災から護る神社の名前から、祇園の人々の信仰を集め、いつしか縁結びの神様になった」という経緯をご紹介しました。

今回はその話の経緯の詳細と、知恩院の七不思議のひとつ「忘れ傘」との関係をお話ししたいと思います。

知恩院のガイド

知恩院の七不思議のおさらいをしておきましょう。

七不思議の個々の詳細については、各種ガイドブックやWikiをご参照ください。

鶯張りの廊下
御影堂から大方丈・小方丈へ至る約550mの廊下で、歩くと鶯の鳴き声に似た音がするため「鶯張りの廊下」と呼ばれ、静かに歩こうとすればするほど音がする。
白木の棺
三門楼上に安置されている二つの白木の棺で、中には将軍家より三門造営の命を請け、三門完成後に工事の予算が超過したため責任をとって自刃したと伝えられている大工の棟梁・五味金右衛門夫婦の自作の木像が納められている。
抜け雀
狩野信政が描いた大方丈の菊の間の襖絵で、万寿菊の上に数羽の雀が描かれていたが、あまりにも上手に描かれたので雀が生命を受けて飛び去ったといわれる。
三方正面真向(まむき)の猫
大方丈の廊下にある杉戸に描かれた狩野信政筆の猫の絵で、どちらから見ても見る人の方を正面からにらんでいるので「三方正面真向の猫」と呼ばれている。
大杓子
大坂夏の陣で三好清海入道が兵士に飯を振舞った際に用いられたものとも、得物に暴れまわったものともいわれる杓子で、阿弥陀仏の大慈悲ですべての人が救いとられるという一切衆生救済を表したものである。
瓜生石(うりゅうせき)
黒門への登り口の路上にあり、知恩院が建立される前からあるとされる大きな石で、一夜にしてこの石から蔓が延びて花が咲き、瓜が実ったと伝わる。その下には二条城まで続く通路があるとの伝説もある石。
忘れ傘
御影堂正面軒下に名工・左甚五郎が魔除けに置いたとも、白狐の化身・濡髪童子がおいたとも伝えられる傘で、知恩院を火災から守るものとされている。

この最後の「忘れ傘」の説明に出てきている白狐の化身・濡髪童子をお祀りしてあるのが「濡髪大明神」です。

白狐の化身・濡髪童子については、様々な話が流布されています。

例えばこんな怪談風なものです。

こうした状況から知恩院は公式?な伝承を知恩院の濡髪大明神のページでコラムとして掲載しています。

江戸初期、知恩院第32世 霊巖上人の枕元に、濡れ姿でシクシクとすすり泣く童子が現れました。この童子は古くからこの御影堂の地に住む白狐であり、御影堂が建設されたために住処をなくしたとのことでした。あわれに思った霊巖上人は、童子のために寝ぐらを作ってやりました。
後日、再び枕辺に現れた童子は、お礼に知恩院を火災から守ることを誓い、その証に御影堂の軒下に傘を置いていったと言い伝えられています。
その後、上人はその童子を濡髪童子と名づけ、祠におまつりしたといわれます。

そこから縁結びの御利益に至った経緯は案内板に掲載されている様に以下の流れとなったようです。

「濡髪」という名称・イメージ ⇒ 祇園の女性たちの信仰 ⇒ 縁結び

「濡髪」という名前は、童子に化けていたときに髪が濡れていたことに由来します。 もともとは火災除けの神様としてお祀りされていましたが、「濡髪」が艶やかな女性の姿をイメージさせることから、祇園町のきれいどころの信仰を集め、今日では縁結びの神様「濡髪さん」として親しまれています。

さて、ガイドとしてはここからが本番です。

白狐の化身・濡髪童子が置いていった誓いの傘を見てみたくはありませんか?

その傘、本当にあるんです。

それが、知恩院の七不思議の「忘れ傘」なのです。

今でもボロボロ(骨だけ)になって、御影堂に置かれ知恩院を火災から護り続けているのです。

忘れ傘は御影堂の東南の軒先の垂木(地上約11メートル)に、骨だけとなった姿でささっています。

今回の大修理でも当然修理対象になったのですが、忘れ傘が老朽化しているため取り外さず修理をすることになりました。

ところが、「夢も物も壊さないように」そっと見守るという記事が京都新聞に掲載されると大きな感動を呼びました。

「文化財を護るということは、ただ物や形を護るだけでなく「こころ」も護ることなんですね」という、とても心温まるエピソードを紹介してここでのガイドを終わりにします。

最後にオマケ

知恩院の七不思議の忘れ傘、食べちゃうこともできるんです。

その昔、 祇園四条にあった大原女家 (おおはらめや) というお菓子屋さんで販売されていたものですが閉店されてしまいました。

現在販売されている忘れ傘の最中は、 大原女家の包装とは多少違うのですがとりあえずは買えるので良かったです。

公式サイトと関連サイト

公式サイト

総本山知恩院

知恩院の公式サイトから濡髪大明神のページ

関連サイト

京都観光Navi:知恩院 京都市のサイト

知恩院 – Wikipedia

知恩院 口コミ・写真・地図・情報 – トリップアドバイザー

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